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哀しみの街かど レビュー

映画とか本とかアホみたいに読んでても意味ない気がしてきたので、気に入ったやつだけでもなんか書いていこうかなと思いまして。





1970年代のアメリカ青春映画。何かは忘れたけど、前から見たかった映画と間違えてTSUTAYAで借りてきた。

もう本当にどうしようもないくらい救いようのない話で、父親のわからない子供を中絶した女(キティ・ウィン/ヘレン)に麻薬売人の男(アル・パチーノ/ボビー)が一目惚れするところから始まって、二人でヤクを売るようになるわボビーは金がなくて泥棒の兄の片棒を担ぎ留置場送りになるわヘレンはボビーのいない間に彼の兄と寝てヤク代を稼ぐわ二人とも麻薬中毒に陥るわ更生しようと誓うけど我慢出来ずクスリに手を出すわ今度こそはと幸せな生活のスタートとして買ってきた子犬を目離して麻薬キメてる間に殺すわ見てて辛い。

あくまで70年代のアメリカのストリートの若者を描いた青春劇なので、登場人物がまさに全員クズ。売春婦とかヤクの売人とか泥棒とか悪徳警察官とか。
黒人がほとんどいない(いてもたいした役割ではない)のは、脚本の性質上どうしても混同されやすい差別問題を切り離してメッセージを提示したかったんじゃないんだろうか。
僕は、ヤクの売人という媒介を通して「人間のクズさ」をまざまざと見せつけられた気がする。それは誰でも持っているもので、絶望孤独裏切り理不尽、どうしようもないことに直面した時、初めて人前に露呈する不条理な理論というか、自分本位な考え、そういう汚いところを包み隠さず映画というフィルターを通して順序立てて説明された気分だ。

個人的な考え言うと、一緒にどこまでも堕ちていく二人はある意味愛の理想型かもしれない。
ラストシーン、ヘレンに密告されて留置場に拘留されていたボビーが出所する。それを迎えるヘレン。一瞥し先を行く彼に暗い表情で付いていくヘレンに、ただ一言、「行くか?」ボビーがそう声をかけて、なんのBGMもないスタッフロールが流れ出す。ヘレンの表情の移り変わりを写す為にカメラが寄るとか、並んで歩く二人のバックに青空を写すとか、そういった気の効いた演出は一切無い。
この無骨で飾り気のないシーンには、一時間四十分の転落劇はこのワンカットの為に存在したんだな、そう思わせるだけのえも知れぬ説得力があって、好きな人に臭いセリフの一つでも言いたくなってしまった(片思いしてる人も彼女もいないですけれども)。
愛する人と一緒に堕落を選んだり破滅したりダメになったり、もっとドロドロした泥のような愛を、そういうのに憧れてます。ロマンチック。



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受験生/ポエマー/リアリスト/合理主義/相対主義/不可知論/多元論者

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