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知悉的学級閉鎖:03

「ねえキドウさん。今、あ、今っていうのは現在進行形、っていう意味よ。今、パンとご飯、私が貴方に恵んであげようと、貴方は選べるとしたら、どちらを食べる?」

私には朝がない。目を覚ますという感覚や、朝日に身を委ねたり、夜明けの冷たい空気を肺に取り込むといった経験がない。その時その場に適した格好で、毎日十一時ちょうどに覚醒する。
何故朝の記憶がないのか、どうして一刹那の狂いもなく十一時なのか。きっと永遠に解らない。個体としての私は短針が地面を指すころに活動を開始していて、私という概念のスタートラインは十一時なのだ。リアルには無条件に納得する他ない。
とにかく、だから、私にとってこの人のこの言葉が今日一日最初の他者からの情報だった。どう考えても喜ばしいことではない。長い懲罰房生活から解放され、意気揚々と独房に帰ると同時に看守に私的リンチを受けた囚人のような気分だ。

「はい?」
彼女は最初から私の返事を必要としていないようだった。そのまま唇を動かすのを止めない。
「お金か名誉、どちらかをあげるって言ったらどっちを選ぶ?」
「いい?大切なことよ。二択なの。選ばなくちゃいけないの」
彼女は私の目を見る。私は頷く。
「例えば貴方が今、子宮の中で排出されるのを待つだけの、自由意思を持つ卵子だとして、男と女、どちらの精子を望む?」
「それは、視覚的というか、感覚的なもので精子と相互作用する能力を持ち、認知したそれを受け入れるかどうか選ぶことが出来る特殊な卵子だったら、ということですか?私が」
「そういうことね」
「女です」
「どうして?」
「貴方にわからないわけないでしょう」
くくく、と彼女は意地の悪い笑いを見せた。あるいは今日初めての笑顔だったのかもしれないが、私には知る由もない。ヨットはヨットであり、ファックはファックである。
「そうねえ、じゃあ、天国と地獄だったらどっちに行きたい?」
「どちらもお断りしたいです、出来るものなら」
「どうして?」
「退屈も痛いのと同じくらい嫌なので」
数秒の沈黙の後、彼女は眉をひそめ、私の体を見回した。猜疑心の塊のような画商が品定めの時によくする目付きだった。まるで昨日の私と今日の私を横に並べ細胞レベルの差違を粗探しするみたいに。
「昨日はよく眠れた?  イマイチ貴方らしい、じゃない、貴方らしい返答が出来ていない気がする」
勝手に私にならないで欲しい。勿論そんな思いはおくびにも出さないように努める。
「朝食は抜いちゃダメよ。体に悪い。大切なことなの。私にとっても、貴方にとっても」
「はい。わかりました」
文字通り無味乾燥な音を捻り出すことしか、私には出来なかった。

「それじゃあ続き。お話の続き、生きるか死ぬか」
「どちらでも」
「勝つか負けるか」
「どちらでも」
「私か彼女」
「どちらも同じように愛しています」
彼女は微笑んだ。私はただ目の前の女性を見つめた。
「最後。この世界か、外の世界か」
私は一秒足りとも迷わずに即答した。今日は検証不可能な嘘を付き過ぎたようだ。体の中心を舌に乗っ取られてしまったらしい。
「私からも一つよろしいですか」
「ふむ」
「お嬢様は、この館から出てみたいとは思わないのですか」
猫のような瞳が私の首筋を貫いた。
「なぁに?私がその質問に答えれば、人種差別がなくなり、ニートが働きだし、戦争が終わるとでもいうの?」
二人きりの気まずい沈黙の中で、私はこの人がどうしようもなく嫌いなのだと気付いた。
そうして私は彼女と寝た。
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受験生/ポエマー/リアリスト/合理主義/相対主義/不可知論/多元論者

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